シリーズ概要

映画プロデューサーであり監督の越川道夫が手がける連作プロジェクト、「誰でもない恋人たちの風景」シリーズ。
特定の原作を持たず、監督自身が脚本を手がけるこのシリーズは「男女の濃密な情愛」と「彷徨う魂の再生」をテーマに、観る者の心に静かだが強烈な爪痕を残してきました。
シリーズコンセプト
本シリーズの主眼は劇的な物語の構築ではなく、社会の片隅で生きる人々の「行き場のない孤独」や「満たされない愛」を、美しい映像と生々しい性愛描写を通じて描くことにあります。
シリーズ名に含まれる「誰でもない」という言葉は、社会的役割からの解放(肩書きや立場から離れた、ありのままの個人の姿)や普遍的な孤独(都市のどこにでもいそうな、無名の孤独な人々)を指していると推測されます。
登場人物の多くは、過去に傷を持つ女性たちです、彼女たちが新たな出会いや性愛を通して自分自身の生を再確認していく「再生」のプロセスが、全作を通底するテーマとなっています。
プロデューサー・越川道夫について
シリーズ三部作の監督を務めたのは越川道夫、『海辺の生と死』や『アレノ』などで、文学的な香気と官能性を融合させた作風が高く評価されています。
作為的なセットではなく、古いアパート、深夜のファミレス、工事現場といった場所そのものが持つ空気を重視した映画づくりが特徴的です。
また低予算を逆手に取ってリアリズムにも注力しており、限られたリソースの中で「映画的な瞬間」を生み出すため、俳優の身体性とロケーションの力を極限まで引き出す手法を確立したと言っていいでしょう。
ヌードの流儀
本シリーズにおいて観客を最も唸らせてきたのが濡れ場の演出です。
これらは登場人物の心理的深淵を露わにするための不可欠な儀式として、ひじょうに効果的に機能しています。
「越川監督のラブシーンにはいつも唸らせられる」と評される理由は、すっぽんぽんを通して言葉にできない感情が描かれるからです。
映画『アララト』における描写を例にとると、半身麻痺の夫を持つ主人公・サキが、別の男性と体を重ねるシーン。
観客はそこにエロスではなく「夫を忘れようとしているのか?それとも夫を思い出そうとしているのか?」という複雑な葛藤や、他者との繋がりを求める根源的な渇望を目撃することができます。
またメインストリーム映画に見られる過剰な照明や美しいコレオグラフィーは本作には存在しません、必要ないからです。
狭い部屋での息遣い、肌と肌が触れ合う音、ふとした表情の揺らぎ、これらがスクリーンの中の恋人たちが「実在する」という強烈な実感を伴わせます。
この徹底したリアリズムは、国際的な評価軸でも高い水準にあります。
「衣服を脱ぎ捨てた無防備な姿を通じて、人間の尊厳や弱さを描き切った」として称賛されました。
シリーズ作品紹介
現在までに以下の3作品(Vol.1〜Vol.3)が公開されています。
愛の小さな歴史
| 作品名 | 愛の小さな歴史 |
| 公開日 | 2019年10月19日 |
| 監督 | 越川道夫 |
| 出演 | 瀬戸かほ、宇野祥平、深水元基、山田キヌヲ、縄田かのん |
| あらすじ | 癒えない悲しみを抱え、漂うように生きてきたユリは、小さな古本屋を営むトモさんの妻となる。 しかし、トモの幼馴染であるリュウタが現れたことで、3人の関係が揺れ動き始める。 |
あざみさんのこと
| 作品名 | あざみさんのこと |
| 公開日 | 2020年10月10日 |
| 監督 | 越川道夫 |
| 出演 | 小篠恵奈、奥野瑛太、嶺豪一、斉藤陽一郎、宮本なつ、遊屋慎太郎、鈴木晋介、内田周作、片岡礼子 |
| あらすじ | 17歳で家出し、歳の離れた編集者との不毛な恋に囚われ続けているあざみ。 誰と肌を重ねても埋まらない孤独を抱える彼女の前に、真っ直ぐな愛情を向ける青年ノダが現れる。 |
アララト
| 作品名 | アララト |
| 公開日 | 2021年5月15日 |
| 監督 | 越川道夫 |
| 出演 | 行平あい佳、荻田忠利、春風亭きいち、森田清子、磯部泰宏、斎藤友香莉、安瀬雅俊、後藤ユウミ、鈴木博文、鈴木晋介 |
| あらすじ | 病で左半身が不自由になった夫を支えるサキ。 夫はもう絵を描かなくなっていたが、ある日「サキのヌードを描きたい」と言い出す。夫婦の愛憎と、そこへ入り込む別の男との関係を描く。 |
まとめ
本シリーズは、SNS等で生活が可視化される現代において、こぼれ落ちてしまうような微細な感情、孤独、そして体温…。
それらを映画というフィクションの形式で記録した「感情のアーカイブ」と呼ぶに相応しいでしょう。
本企画は実力ある女優たちに対し、商業映画では敬遠されがちな「長回しのヌード」や「感情の爆発」といった演技の場を提供し、彼女たちのキャリアに新たな自信を与える「俳優育成」の側面でも日本映画界に貢献しました。
越川道夫が切り取ったこれらの「風景」は観客自身の記憶の中にある「小さな歴史」と共鳴し、長く心に残り続ける映像詩として今後も語り継がれていくことでしょう。














